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Cro.netの住人、徒然なる日々
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「ねぇ、コーラ。入れてくれない?」
同窓会も終盤、いそいそと人が疎らになっていく最中、さっきまで酔いつぶれていたと思っていた佳奈子は、むっくりと顔を上げ、まるで生まれたての雛のような目でしばらく僕を見つめ、そしてそう僕に口を開いたのだった。
僕はというと、あまりに純粋な瞳で佳奈子に見つめられたものだから、その大きな瞳に呑まれるように身動き一つ取れないでいた。まるで蛇に睨まれた蛙のような状態だった。しかし相手は蛇ではなく雛だった。
生まれたての雛に睨まれて動けない蛙というのは、自分で考えておきながら実に滑稽だと思えた。
そんな滑稽な状況で彼女は破顔し、突然「コーラ」なんて云うものだから、僕は緊張の糸がプッツリと切れ、別に面白くも無いのに不意に笑ってしまった。
笑ってすぐに「しまった」と思ったが、しかし彼女は未だ寝惚けているらしく、そんな僕を不思議そうに首を傾けて見つめるだけだった。なんで僕が笑ったか分からないらしい。それは僕も一緒だったので、僕はすぐに笑いを収めようとした。不意に生まれた笑いは、何事も無かったように直に消えた。目が覚めた彼女はたぶん、僕が笑った事を覚えていないだろう。彼女は起きても尚、夢の中にいるようで、こっくんこっくんと船を漕いでいた。頭をテーブルに付けて寝ていたらしく、乱れた長い髪の隙間から赤くなったおでこが覗いていた。
とりあえず、僕はコーラを探すために辺りを見渡した。一応頼まれたわけだし、やることも無いので暇つぶしには丁度良かった。確か今日の同窓会にはアルコールが飲めない人用にと、数種類のジュースは用意されているはずだった。部屋と部屋を仕切る壁が外され、十八畳の部屋を三つ繋げた会場には、平行に三列テーブルが並べられていた。その上に並べられていた皿やビンたちは、今やその殆どが中身を無くし無造作に散らばっていた。その景色に溶け込むようにテーブルに倒れている者や、壁に背を預けて眠っている者が見える。あまりに綺麗に溶け込みんでいるものだから最初僕は彼らに気付かなかった。しっかり見渡すとすでに会場には五、六人を残し、誰もいなくなっているのが分かった。他の連中は仲の良い者同士で寄り添い、二次会に向かったのだろう。ここに残っているのは、誰にも誘われず酔い潰れた寂しい酔っ払いと彼女と僕だけだった。
視界を端へ向けると、従業員が数人片付けを始めているのが見えた。会場の貸し出し時間はまだ少し残っているが、だからと云って今更彼らを咎めるような人はいないだろうと思われた。散らばった食べかすや飲み残しをバケツのような物に次々と突っ込み、皿は皿、ビンはビンで集めていく。重ねられていく皿、それを囲むように立ち並ぶビン。まるでそれは街に建ち並ぶコンクリートのビルディングのようだった。間に敷かれた箸が道のように見える。彼らは街を創ろうとしているように思えた。その時、僕は異変に気付いた。街を創る彼らは常に無表情だったのだ。皿にこびり付いた魚の皮やかじり掛けの肉、吐瀉物だと思われる液体、それらを顔色一つ変えずに素手で、バケツの中に落としていく。彼らの手は何かの油に濡れ、歪に光を反射していた。まるで機械人形のようだと思った。街を作るために動く機械人形。その機械人形があらたな街のパーツに手を伸ばそうとしている。黒い液体の入った変った形のビンへと。
「すみません、そのコーラまだ飲みます」
僕は寸前のところで、コーラをキープした。中身はまだ半分ほど入っていた。頭を軽く下げながら、従業員をチラリと覗き込むと迷惑そうな顔をしているのが見えた。僕の中で機械人形のイメージがシャーベットのようにゆっくりと溶け、その余熱が人間のイメージを象っていった。
僕はもう一度、彼に頭を下げ、そのまま彼女の元へと戻っていった。戻る途中、寝ていた人を気付かず蹴飛ばしてしまった。彼は一度不快そうに小さく唸ったが、再び寝息を上げ始めたので、僕はそっと彼の横を抜けていった。抜ける瞬間彼の顔をチラリと覗き見たが、誰だったか思い出す事が出来なかった。或いは最初から僕は彼のことを知らないのかもしれないと思った。
「ほい、コーラ」
彼女の元へと戻ると、彼女は今にも船を漕ぐのを止めて、そのまま机に突っ伏しそうな状態だったので、目覚まし代わりにとコーラのビンを彼女の頬に直接くっ付けてやった。彼女はぴくりと体を強張らせたかと思うと、しっかりとした瞳で僕を捕らえ、それから「ありがとう」と云って、そのままコーラビンを受け取った。渡すときに一瞬触れたその手は、ビンを持って冷たくなった僕の手とはあまりに温度差があり、暖かいというよりも、寧ろ熱く感じた。
彼女はビンに半分ほど残ったコーラをビンのまま一気飲みした。僕は感動した。いくら時間が経って薄くなっているとはいえ炭酸を一気飲みしたのだ。しかし、僕が感動したのはその事だけでは無かった。彼女の飲み方。その飲み方は正に、バリバリの仕事マンといった貫禄のある飲みっぷりだったのだ。小さい頃の父の姿が重なる。夜中にトイレに起きると、キッチンで父が一人ビールを煽っていた。極力小さくされた豆電球の明かりが手元を照らし、疲れた背中を僕に見せながら飲むその姿に、僕は憧れていたものだった。大きくなったら、あんな飲み方をしてみたい、それが夢だった。しかし、その夢は二十五歳になった今でも果たされる事が無かった。何かが違うのだ。今や僕は会社には欠かせない一人としてある程度責任のある立場にいる。残業から帰って、僕は缶ビールを前に何度か挑戦したが、駄目だった。
その僕の理想としていた姿が目の前にいたのだ。
「ん、どうしたの?」
彼女は僕の視線に気付き、そう云いながら、空になったコーラビンをテーブルに置いた。僕はその音で、ハッとなり慌てた。僕は相当ぼんやりと彼女を眺めていた。それは見惚れていたと云ってもいいぐらいだった。「別にやましい気持ちは……」と云いかけて、それでは誤解を招くと口を紡ぎ、そんな調子でしどろもどろするばかりだった。
「なんでも無いよ」
結局五秒ほど口をぱくぱくさせた僕が、にが笑いをしながら導き出したその言葉も、相当怪しいものだった。
そして、案の定怪しまれた。「ふ~ん」と鼻を鳴らし、目を湾曲させて彼女は僕を睨んできた。
息を詰まらせて、言い訳の思考を巡らそうとしたときだった。
「何してんだよ」
怒鳴りが、会場に響いた。
僕らは同時に声のしたほうを見た。さっきまで酔い潰れていた人も数人起き上がって、その方向を見ている。
従業員が怒鳴られていた。
怒鳴っているのは、さっき僕が蹴飛ばしてしまった男だった。
男は声の出る限りで、怒鳴り続けている。従業員は怒鳴られるたびに、頭を下げ「すみません」と同じ動作、同じ言葉を繰り返している。
話を聞いていると、どうやら片づけをしていた従業員が誤って男にぶつかり、起こしてしまい、そして「まだ時間があるのに片付けるとはどういうことだ」ということらしい。
「俺はまだ飲んでんだよ」
「すみません」
さっき蹴ったときは起きなかった癖に。僕がそう思いながら見ていると、彼女が耳元から「あれ、鈴村君ね」と声を掛けて来た。
「鈴村?」
間近にある彼女の顔に少々驚きながら聞き返すと、彼女は僕の肩の辺りで小さく頷いた。その姿はまるで何かに怯えて隠れているようだった。
「三年のとき、C組で一緒だったの」
「ふ~ん、知らないなぁ」
僕はもう一度彼に視線を戻した。体は思ったより細く細渕の眼鏡を掛け、頼りなさそうに見える。あの怒鳴りが何処から出ているのか不思議なぐらいだった。怒りに酔っているのも相俟って顔がとても赤くなっていた。今や彼の云っていることには筋も理論も何も無く、ただ理不尽な怒りをぶつけているだけだった。彼の口から飛ばされる唾に従業員はばれない様にそっと顔を顰めている。
「ちゃんと聞いてんのか。大体……」
「はい、すみません」
彼がテーブルを叩いた。その反動でテーブルからビンが落ち、残った中身が流れ出て畳を汚した。ビールのアルコールの匂いがこっちの方まで漂ってくる。
「あんなやつ、いたっけ?」
僕は率直な疑問を述べた。あんだけ気性が激しい奴ならば、少しは記憶に残っていてもいいはずだと思ったからだ。
「たぶん、覚えて無くて当たり前だと思うよ」
「え?」
彼女は僕の疑問をそのままにしてすっと立ち上がった。毛繕いするように服を整えている。
「ね、そろそろ行こう」
僕は彼女と目を合わせた。その目から何かを読み取ろうとしたが、分からなかった。彼女の瞳は何も映していないような気がした。
「うん」
だから、僕はただ頷くしか出来なかった。 
会場を出るとき、チラリと彼らを見るとまだそれは続いていた。「てめぇらはよ……」「すみません」ずっと同じことを繰り返している。だからだろうか。僕には再び機械人形のイメージが湧き上がって来た。それが片づけをして謝っている従業員の方だけでなく、いびきを掻いて酔い潰れ怒鳴り散らす鈴村の方もそう見えるものだから、僕は彼らがオルゴールの上で踊る銀の人形に見えて仕方なかった。怒鳴り、時計の音、いびき、謝る声、ビンとビンのぶつかる音、歯軋り、テーブルを叩く音、沢山の音にのって、彼らは踊り続ける。
彼らの奥で、街は未完成の状態で放置されていた。


外は風が冷たく、僕は思わずジャンパーのチャックをいっぱいまで上げた。それを見て彼女は「まるで学校のジャージみたいだ」と僕を笑った。
会場を出ると、何かに怯えているような感じは無くなり、あのコーラを頼んだときの彼女に戻っていた。
僕らは駅までの道を共に歩いた。小学校のある地元で開かれた同窓会であったが、十年も経つと地元に残っている人のほうが少なかったぐらいだった。それは僕らも同様で、僕は此処からニ駅向こうの町に、彼女は東京の都心の方に住んでいた。
「近くの町に越す必要なんてあったの?」と歩きながら彼女は尋ねてきた。
僕はその問いに「いや」と首を横に振った。そして「ただね、一人暮らががしてみたかったんだ」と、正直に答えた。
「自立したかったってこと?」
「そう。だから別に何処でも良かったんだ。でもさ、これっくらいの距離なら、何か用があるときすぐに帰れるだろ。今日だって、一回家に寄ってから来たし」
「それって、ちゃんと自立できてないんじゃないの?」
彼女はクスクスと笑った。ウェーブの掛かった髪が揺れ、先の部分が夜の闇に溶けていく。
「そう。 僕はただね、首に繋がるリードを少し長くしただけなんだ。それで自由になったって喜ぶ馬鹿な犬なんだよ」
そして僕は顔を上に向けて犬の遠吠えの真似をした。空には半月とも三日月とも言いにくい月が浮かんでいた。
少し自虐的に言い過ぎたかも知れない。そう思い彼女を見ると「首に繋がるリードね……」 と何か納得したように呟き、ゆっくりと自分の首を撫でていた。
「それなら私も付けているわよ。多分皆そう。ただその長さが違うだけ。私はあなたより少しリードが長いだけよ」
「私だって月に一回ぐらい実家に戻るわ。 だって寂しくなるでしょ」と、彼女は笑った。
「そうだね」
僕はそういって笑う彼女に何か救われた気分になった。
駅前はに出ると、夜だというのにそれなりに人が行きかっていた。地元は奥のほうは只の住宅地であるものの、駅前はそれなりに賑わっている。始めて映画を見たのも、バイト代で始めて物を買ったのも、この駅前だった。立ち並ぶビルは様々なネオンで彩られ、その間を、残業帰りの会社員、酔っ払い、若いカップル、店へと誘う挑発的な女性、それ目当てで鼻の穴を大きくして歩く中年、「カモがいるぞ」とその中年を見て、笑い合う若い連中、道端に座り込む老人。いろいろな人々がふらふらと行きかっている。それは電球に群がるハエに似ていると思った。
彼女にその事を云うと「あなたは生き物に例えるのが好きなのね」と云われた。確かにそうなのかもしれないと思った。
「ねぇ、さっきの……」
彼女が歯切れ悪く話しかけてきたので、僕はそれが何の話だか分かった。彼女を横目で見るとまたあの顔をしていた。俯いて片手で自分の髪の毛を弄んでいる。だから、僕は先回りして聞いた。
「鈴村だっけ、そのこと?」
彼女は一瞬驚いたような目で僕を見合い、そしてまたあの表情になり頷いた。
「彼ね、昔はあんなんじゃ無かったのよ。昔はね、もっと落ち着いた子だった、落ち着いたっていうより目立たない子っていった方正しいかも」
そうして彼女は話し始めた。その声は沈んでいて、僕はその声を拾うのにとても苦労し、なぜこんなことを聞かなければいけないのかという気持ちが少しずつ膨らんでいった。どうして、そんな気持ちになったのか分からなかった。或いは僕はあんな飲み方出来る彼女に、そんなこと語って欲しくなかったのかもしれなかった。
「こんだけ年を取れば、皆変るさ」
僕の口調は酷く冷たかった。僕は、僕自身がこんなにも冷徹な声を出せる事に驚きを感じた。
「変らなかったら、生きていけない」


*******************************
乙です、水曜です。休みまで真ん中です。頑張っていきましょう。
これ書いたのは大学一年くらいだった。
んで吉田修一さん『パーク・ライフ』八割、残り二割村上龍な自分だったはず。
いや、こんときはほとんど芥川賞とか直木賞とか読んだことなくて、『パーク・ライフ』にポカンとした記憶がある。
今は、その「ぽかん」が良い感じに余韻になって、こういう賞作品って結構好きなんだけどね。
さて、そろそろ、コミケか。色々準備せななぁ~
では、、またグッバイ
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プロフィール
HN:
川島ラタ
年齢:
37
HP:
性別:
男性
誕生日:
1986/05/30
職業:
大学生
趣味:
哲学的妄想
自己紹介:
同人サークル『あす☆なろ』の相方兼、『あす☆なろ』サイト、Cro.netの運営をやってます。
あと絵とかだらだら描きます
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